<目次>ケルト音楽と謎めいた文化
 


【ケルト音楽】
  〜アイルランドの音楽
   1.アイルランドで開花したケルト音楽
   2.アイリッシュ音楽と構成
   3.アイリッシュ音楽に使用される楽器
   4.螺旋をえがくアイリッシュ音楽
   
   
  〜アイリッシュ音楽のアーティスト
   1.エンヤ
   2.チーフタンズ
   3.ドーナル・ラニー
   4.メアリー・ブラック
   5.ポーグス
   6.シン・リジー
   7.エルヴィス・コステロ
   8.シニード・オコナー
   
   
  〜ロックとの結びつき
   1.ジャガイモ飢饉
   2.アメリカ音楽の礎となったアイルランド音楽
   3.ロックの中のケルト
 
 
 
【ケルト文化
  〜ケルトの神話
   1.ケルトの宗教
   2.ケルトの神々
   3.吟遊詩人とケルトの伝説
   
   
  〜アイルランドに残るケルト
   1.ケルトの島 アイルランド
   2.ケルト語の名残 ゲール語
   3.歌うことば ゲール語
   4.キリスト教との遭遇
   
   
  〜アイルランドの神話・伝説
   1.アイルランドの神々の系譜
   2.キリスト教の伝搬と小さくなった神々
   3.神話・伝説の改変
   4.ティル・ナ・ノグ(常若の国)の入り口
   5.西方浄土の思想
   6.アイルランドのケルト伝説 〜 ク・ホリン
   
   
  〜アイルランド周辺に残る伝説
   1.ウエールズの伝説 マビノギ
   2.アーサー王伝説
   
   
  〜日本とケルト
   1.最西の国と最東の国の共通点
   
   
   
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  〜プロフィール
  〜関連サイト

 ケルトの歴史と起源について

ケルトとは、古代のヨーロッパに居住していた人々とその文化を言います。ケルト人は独自の宗教観を持ち、豊かな文化を築いていましたが、文字を持たない人々族であったために、その歴史や生活の実態などは謎に包まれています。
 
しかし、語り伝えられた神話や今もヨーロッパ各地に残されたケルトのかけらが光り輝いて人々を引きつけ、憧れをこめて思いをはせるのです。
 
ケルト人は古代のヨーロッパに住んでいた人々で、東からやってきたと言われていますが、ケルト人が歴史に登場するのは、紀元前3000年〜2000年ごろになってです。彼らはアルプス北方のドナウ川からライン川のあたりに移住し、さらに西へ西へと大陸を川に沿って移動して行き、ヨーロッパ中に広がりました。今も残る彼らの遺跡や遺品によって、彼らの生活ぶりや文化について知ることができます。
 
 
 
 鉄器を手に入れたケルト人と多民族との融合
ケルト人は、好戦的な民といわれています。これは、戦いぶりの猛々しさがギリシア人やローマ人によって書かれた書物や戦士の彫像などによって伝えられています。
 
ケルト人が大移動する際には、先住民族を駆逐しながら進んでいったわけですが、ケルト人たちがどんどん勢力の伸ばしていくことができたのは、青銅器文明にあった先住民たちに対し、鉄器を手に入れたことが非常に大きかったと考えられています。
 
ケルト人は鉄器の加工技術に長けており、武器のみならず、優れた農耕機具をつくったため農業が発達し、戦いの後には定着が進んだようです。
 
そして、大移動によって、他の土地にやってきたケルト人は、その土地の風土、文化に混じり合いながら定着していきました。彼らの宗教が一神教ではなく、自然崇拝の多神教であったため、日本の神仏融合に似て、他民族の文化にも寛容だったことが想像されます。
 
また逆に、ケルトの地を占領したローマ人のエピソードで、ローマの兵士がケルトに赴任すると、帰ってこないと嘆かれたそうです。それはケルトの娘と結婚すると、定着してしまうのだそうです。猛々しいだけではなく、寛容で愛情深い民族でもあったのでしょう。
 
 
 
 塩の文化のハルシュタット
オーストリアのザルツブルグ南東にハルシュタット村があります。ここには古来から塩山があり、塩の交易で古代から栄えました。第1鉄器文化を築いたケルト人たちはここに住み、首長と貴族たちによって支配されていました。
 
彼らはイタリアやエトルリア、ギリシャなど遠くの国とも交易を行い、彼らの墓からは、地中海地方のサンゴやエトルリアのワイン壷、ガラス製品などが出土しています。また、彼らは黄金の加工技術にも長け、繊細な装飾を施した黄金の装飾品も多く出土しています。
 
 
 
 水の聖地 ラ・テーヌ
ハルシュタットが衰退すると、ケルト人たちはアルプスを越え、さらに西へと移動していきます。
 
第2鉄器文化の始まりです。スイスのヌーシャテル湖畔からは、紀元前500年ごろのケルトの遺跡が発見され、ラ・テーヌ(浅瀬の意味)文化と呼ばれています。
 
ラ・テーヌは港を持ち、交易の拠点でしたが、ケルトの水の神の聖地でもありました。多くの巡礼が集まり、湖に剣や盾、ピンなどを投げ込んで、神に奉納しました。
 
現代人はトレビの泉にコインを投げますが、古代のケルト人も無事に川を渡れたことに感謝して、コインなどを川に投げ入れたようです。
 
 
 
 アイリッシュ音楽を育んだパブ
アイルランド人とパブは切っても切れない関係にあります。パブは酒場であると同時に、社交の場であり、情報収集をする場であり、そして音楽を奏で、聴き、歌い踊る場所でもあるのです。
 
時代は変わっても、この伝統は変わらずアイリッシュたちに受け継がれているようです。アイルランドでは誰もが演奏家で、歌い手で、踊り手です。人が集まれば、音楽の演奏が始まります。
 
だれもがアーティストですから、演奏者にギャラなどはなく、一杯のギネスが振る舞われるだけ。しかし、発表の場は常に用意されており、聴き手がいます。そんな環境から、今でもたくさんのアーティストが生まれています。
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